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大人気漫画「ベルセルク」の作者である三浦建太郎さんが2021年5月6日午後2時48分、急性大動脈解離のため亡くなっていた事が20日の白泉社の公式サイトでの訃報によりわかりました。
【三浦建太郎先生 ご逝去の報】
『ベルセルク』の作者である三浦建太郎先生が、2021年5月6日、急性大動脈解離のため、ご逝去されました。
三浦先生の画業に最大の敬意と感謝を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。2021年5月20日 株式会社白泉社
— 白泉社 (@Hakusensha) May 20, 2021
54歳という若さでの天才漫画家の逝去にtwitter上でも多くの人がショックを受け悲しむ中、人気漫画「はじめの一歩」の作者森川ジョージさんが自身のtwitterで三浦さんとの思い出話などを投稿してくれています。
その投稿はこちらです。
森川さんの投稿ではあまり知られていない三浦さんのデビュー話や、18歳の頃に描いた背景画を公開。
三浦健太郎君のご冥福を祈ります。
あまり知られていませんが彼は少年マガジンでデビューなのです。
写真は僕が19の頃の連載で18才の彼が描いてくれた学校です。
寒気がするほどの才能の塊でした。
お互いこの歳まで作家でいられてよかった、と思っていました。
急な知らせでショックです。 pic.twitter.com/NrF2WIozQw— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
続けて、18、19歳の頃の三浦さんが森川さんのアシスタントに来た時や、ベルセルクの創作秘話等の2人の思い出話を長文ツイートで投稿してくれています。
ツイートの中には三浦さんが寄稿したという「はじめの一歩」の人気キャラ鷹村の画像も。
写真は三浦建太郎君が寄稿してくれた鷹村です。
今かなり感傷的になっています。
思い出話をさせて下さい。
僕が初めての週刊連載でスタッフが一人もいなくて困っていたら手伝いにきてくれました。
彼が18で僕が19です。
某大学の芸術学部の学生で講義明けにスケッチブックを片手に来てくれました。 pic.twitter.com/hT1JCWBTKu— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
彼がどれほど描けるのか知らないので自分の描いたものを見せて、これに似せて下さい、と。
出来上がりに度肝を抜かれました。
あまりにも年齢にそぐなわないのです。
何点が描いてもらった後、すでに僕は彼に興味津々でした。
まだ若かった僕らは手を止め漫画のことを語り合いました。— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
気になっていたスケッチブックを見せてほしいとお願い開いてみたら、さらに度肝を抜かれ鳥肌が立ちました。
そこには妖精が、烙印が、大きな剣を持った剣士が描かれていました。後のパック、ガッツです。
太い鉛筆で描かれたそれは圧倒的でした。
「なんだよこれ?」と聞いたら— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
「頭の中にあるものです。力をつけてから描きたいと思っています」と。
いつから温めていたのだろうか。
すでにそこにはベルセルクはありました。
月日は経って僕ははじめの一歩は連載開始します。
ほぼ並行してベルセルクが発表されます。
苦労話も少し耳にしていました。
しかし確信していました。— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
絶対にウケる漫画が始まったと。
あの建太郎君が力をつけたと自身のことを判断し、満を持して始めた連載なのです。
きっと世間は僕と同じように度肝を抜かれるだろうと確信していました。
そしてそうなりました。
超絶の画力にして渾身の画面。
毎回のエネルギーには尊敬しかありません。— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
思い出話は終わります。
彼とはその時だけですが僕のことを気にしてくれていたと聞いています。
僕も彼と出会えたことが自慢であり誇りです。勝手に喋ってしまって、ごめんね建太郎君。
いつか最終回読みに行くよ。— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
誤字、脱字ごめんなさい。
— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
この森川先生の投稿には海外からも感謝のリプが来ていました。
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